村方指揮法教室と齋藤指揮法について過去に書かれたブログのリメイク版です
ブログ
しきほうきょうしつ
5.間接運動①・叩き
叩き、というのは指揮の動作の基本です。文字通り、物を叩くような運動なのですが力いっぱいぶっ叩くという感じではありません。ごく自然な物体の落下と反発を腕で再現しようとしたもの、と考えていただければ良いと思います。そういうわけで、叩きは「落下」と「跳ね上げ」という2つの運動の種類に分けて考えることができます。大切なのは「落下と跳ね上げの二つがバランスよく備わってこそ、叩きなのだ」ということです。僕が見る限り巷(ちまた)の指揮者の9割は正しい叩きができていません。そしてそういった指揮者が「これが叩きですよ」といって教えているものが「跳ね上げに偏った叩き」であることが多いように思います。
さて、実際に棒を持って叩きを練習して見ましょう。自分の指揮にあわせて誰かにピアノを弾いてもらうのがもっとも効果的ですが、素振りでも仕方ないでしょう。最初はとにかくゆっくりやってみることです。慣れない動きをするわけですから、無理して続けると身体を痛めますから・・・。
既に解説した基本姿勢(下図右)から腕を上方へ振り上げます。ここで肘を伸ばして腕を前方に傾けるのがポイントです。何故前方なのでしょう?実は頭上に振り上げてしまうと奏者からは棒が同一線上を腕が上下しているようには見えないのです。下図右 (1) を見てください。基本位置として「2.」で解説した姿勢のときの手の位置のちょうど真上に手を持ってこれば、同一線上を手が上下するように見えるはずです。従って、一見肘を曲げたまま手を上げた方がきれいに上下しているように見えそうなものなのですが、それは振る側の「錯覚」なのです。こういった「自分で思う見え方と奏者からの見え方のズレ」は指揮をする上で沢山あります。指揮法を身に付けると言うことはこのズレを認識した上で、奏者にとって演奏しやすく、かつ自分が奏者に指示を出しやすいやり方を追求していくことです。これはその典型と言えます。
この腕の上げ下げは、「肘を折りたたむ/伸ばす」という伸縮運動だと思ってください。ちょうど自分の目の前にぶら下がっているブラインドコードを引き下ろすような感じ、と言えば分かりやすいでしょうか。
スナッピングについても押さえておかなければりません。腕を上げたとき、自然にその反動で指揮棒が「立つ」ようにするのです。指揮棒が立ったとき、棒と手の角度は必ず直角か鋭角になるようにしてください。鈍角だと文字通り見た目の印象が「鈍く」なります。また指の形にも注意です。このときの指の形は次のページで解説する〝平均運動〟のところの図と同じ持ち方がタテになっただけですが、どうしても親指を反らしてしまう人が多いのでこれも、自分の左側に鏡・ガラスが来るようにしてよくチェックすべきでしょう。そして肘から下すようにして基本姿勢に戻します。
腕の動きだけでなく棒の自然な動きを利用して、より打点を明確にするのがねらいです。棒を立てたときの持ち方は親指以外の4本の指の第一関節にコルクがあたるようにして親指を軽く添えればOKです。その際、決して親指の腹で棒を押さえつけないこと。親指の先端で軽く当てるだけにしないと、棒が自由に動きません(持ち方と姿勢ははいつまでたっても大事です。ですから常にチェックすることです)。
フォームを一通り確認したうえで、今度は解説したすべての動作を「落下」「跳ね上げ」の一連の流れの中に乗せるだけです。よくある失敗が「落下」の速度よりも「跳ね上げ」の速度が速くなることです。これをやってしまうと冒頭で書いた「跳ね上げに偏った叩き」になります。跳ね上げが強調された指揮ではテンポが安定せず間合いも窮屈な音楽になってしまいがちです。「物が跳ね上がるのは落ちてこそ」ということを忘れないことが大切です。物体が落下し反発する、自然のことですから、往復の加速減速のかかりかたが揃うように気をつけてください。「跳ね上げ」で故意にスピードを上げてしまうのを防ぐ方法は、なによりも腕の重みを利用してしっかり「ポン!」と叩くことです。しっかり叩けばそのぶんだけ自然に腕が脱力し、故意に腕を上げようと思わなくても自然に上がっていくものです。これをまとめると下のようになります。
■上方位置→落下
- 大体目の高さよりちょっと上に手を持ってくる
- まっすぐ前を向いた状態で視界に入る位置に手があること
- 肘は伸びる
- 腕の力が抜け脱力しきっている状態(運動の中では速度はゼロになるので、瞬間的に止まったように見える)
- 棒は立てている状態になる
- 上の位置から肘をたたみながら降りてくる
- 加速は叩く直前で最大になる
- いよいよ叩くぞ、という最後のところで自然に棒が倒れる
■叩いた位置→跳ね上げ→(上方位置)
- 叩くのは基本位置で
- 肘は鈍角にならない
- 叩いた瞬間、肘の内側の筋肉に力が入り、肘が90度以上に曲がるのを防ぐ
- 叩いた瞬間に身体が前に倒れないように、背筋は常に伸ばし、やや左足よりに重心をかける
- 叩いた衝撃は全身で受け止める(特に膝、腰をやわらかく使って)
- 叩いた後は瞬時に脱力(でないと自然に腕が上がっていかない)
- 腕が上がっていくときは「フワリ」と言う感じ(脱力につられて棒がまた立った状態になる)
- 往復の経路が違わないように(身体の真ん中の線を通るように)
このタテの動きに、左斜めと右斜めの動きを加えたら、3拍子や4拍子ができるようになります。このとき、左側前方には大きく腕を伸ばし、右側はコンパクトに納めるようにして左右のバランスを整えます。目で見て、左に来たときと右に来たときの頂点の位置が同じ高さになるように気をつけながら正面を鏡・ガラスに映して練習してください。大事なのは頂点が自分の正面・右・左どこに来ても、必ず打点は基本位置に戻ってくることです。もっとも曲の中で意図的に叩く場所を変えることもありますが、最初はまず、どう振っても同じ位置(点)に戻ってくることに慣れてください。そういう癖をつけておくと、後で叩く位置を変えたときにも、「はっきりと叩く位置を変えた」ことが奏者により伝わりやすくなります。
6.間接運動②・平均運動
平均運動は「平均」的な動き。つまり棒も水平に持ち、動きもはっきりとした加速減速を持たない穏やかな表現です。平均運動において重要なことは、この「穏やかさ」を常に失わないことです。どうしても最初はいびつになりがちですので、自分がどこで速度が速くなりすぎたり逆に止まってしまったりしているかをよくチェックすることが重要です。
棒の持ち方は「スナッピング」するときの持ち方。つまり「叩き」において腕を上に挙げたときの持ち方を左へ90度寝かせた持ち方です。親指の上に棒が乗っている感じを忘れないでください。他の四本の指は軽く添えます(この持ち方は弦楽器の弓の持ち方と共通するところがあるように思われます)。
基本の構え(2拍子)は手を「招き猫」のようにした状態です。力を抜き肩を落とします。脇は自然に。あまり開きすぎないようにします。この位置から左前方へ水平に手を伸ばしていきます。叩きのときと同じく、腕の伸縮運動という意識を持つと楽にできると思います。左に行ったときの位置ですが、身体からできるだけ離した位置に来るようにします。これも「斜に構えている」がゆえに、左に来たとき、身体に近い位置に持ってくると、自分の右側にいる奏者から見え辛くなるのを避けるためです。
では動かしてみます。左から右へ行くのが1拍目、右から左へが2拍目です。予備拍をとるため、右肩の位置から始動します。平均運動はできるだけ滑らかにすることが重要です。そして奏者に音を出させたいポイントを、常に自分の目の前に置きます。決して右から左、左から右への動き始めで音を出させるのではない、と言うことを理解してください。腕が自分の身体の中心、描いている軌道の真ん中で拍を感じることです。そしてこれができるようになったら、次は右左の折り返しで変に運動を停止して待たないようにに気をつけてみてください。ゆったりと揺れる振り子をイメージしましょう。振り子を観察していれば分かりますが、本当に速度がゼロになるのは一瞬のことですから、故意に動きを止めてしまうと不自然な印象になります(このことは「叩き」の上方位置、あるいは「しゃくい」でも同様の指揮の基本です)。
さらに自然に見せるこつは腕だけでなく身体を使うことです。背骨を軸として骨盤の上にのっかった上体を腕の動きにつれて滑らかに回転させる(ラジオ体操にもある動きですが)と固さが取れます。特に左から右への折り返しのときには、体が腕よりも一瞬速く右へと回転し始めるようにすると滑らかになります(弦楽器を経験している方ならフィンガーボウイングと同じことを身体でやれば良いのだと気付くでしょう)。身体を右回転して右手を巻き取ってくるようなイメージでやるとうまく行くと思います。
2拍子ができたら3拍子、4拍子へと発展させます。3拍子は富士山のような図形を2拍子のときと同じ持ち方、身体の使い方でたどります。図形は厳密に言うと、富士山の裾野の部分左側をちょっと長め、右を少し短めにして左右のバランスを補正します。右に来たときの位置は2拍子のときのような「招き猫」のポーズより右に多少ゆとりを持って構いません。逆にそうしないと窮屈にみえますからね。4拍子では3拍子の富士山の真ん中に縦線を入れて1拍目とします。
7.間接運動③・しゃくい
「しゃくい」とは、物を杓う(ひしゃくで水を汲む)ような動きであることからそう名付けられました。運動の性質としては平均運動と叩きのちょうど中間にあたります。
基本姿勢は、右手の肘の位置が左肩のちょうど前に来るようにもってきます。そしてそこで肘を90度に曲げて右の前腕が顔の左側に垂直に来るようにし、棒は、平均運動のときのもち方で、手の甲を相手側に、手のひらを自分側にして構えます。格好としては、ちょうど自分から見て顔の周りを棒→右手前腕→右手上腕→右肩の順に逆コの字型に囲むようになるはずです。この状態をまず作るのが大変だと思います。立ち方がしっかりしていないと(つまり右半身を前に出し、左半身を後ろに少し引く、という「斜の構え」ですが)右肩が変に突っ張ってしまいますので注意してください。
これが左側の位置として、次は右に来たときです。右手を肩の高さまで上げ、やはり肘を直角に曲げ、棒は横に持ちます。ここでもコの字を作るようにします。この右の位置と先ほどの左の位置を往復することになります。
往復の軌道が大変重要ですのでゆっくりやってみましょう。まず左側の位置に構えて、そこから肘を伸ばします。腕は肩の高さでまっすぐ左前方に伸びるはずです。このとき棒もまっすぐに持ちます。棒をまっすぐに持ったまま右肩を中心にぐるっと半円を描いて右に腕・指揮棒が一直線に伸びた上体へ持ってきます。半円を描くとき、軌道が楕円にならないよう、できるだけ下の方を通るように注意しましょう。右の肩の高さまできたら上腕はそのまま、前腕が肘を中心に直角まで上がります。4分の1円を描く感じです。そしてその動きにつれて棒はまっすぐから横持ちに変化します。
しゃくいは丸い軌道を描きながらも、加速減速の差が最も激しい動作です。特に下を通るとき、トップスピードになることを意識します。同時に奏者に音を出させるのは、このトップスピードに来る所だ、と念じてください。このスピード感を演出するためには逆にその前後の脱力が重要です。脱力してこそ自然な加減速を得ることができるからです。まずは棒を持って行うのが難しければ、棒無しでも構わないので、腕の振り子運動の感覚を早いうちに身に染み込ませるようにお勧めいたします。
8.直接運動
3つの間接運動を補完し、楽曲中の一部分の特殊な表現に使うのがこの直接運動です。直接運動は使いすぎると煩瑣(はんさ)な印象を与えるので、どこで使うのかを指揮者が判断して使うことが求められます。直接運動の代表として4つの運動を挙げておきます。
①瞬間運動
これは硬い表情を出すためのものです。あるいは意識的にテンポを前に行かせないようにするときにも有効です。速い曲を振っているとき、どうも転んでいるなあと感じたらブレーキをかけることができます(でもやりすぎると逆に重たくなります。)指揮棒を基本姿勢で持ったまま、肘で10センチくらい上下させますが、そのとき手首には力を入れないこと。できるだけ脱力していてください。肘の内側の筋肉(叩きをするときに使う部分)をつかって一瞬で10センチ上げる、そして下げる。理想としては動き始めの時に筋肉が緊張して一瞬にして弛緩、そして止まる、という感じです。この運動の際には棒を動かしません。動きが小さいために、次のモーションへ待てずに入ってしまいがちになりますので、しっかり腕が止まったことを味わってから次へ入ってください。
②先入法
裏拍を出す指揮です。「いち、に・・・」を「いち、ト、に、ト・・・」に分けたときの「ト」の時にすでに次の「2」の開始位置に棒をもってくる、という意味で「拍より先に入る」=「先入法」と呼ばれます。1つの拍を表裏二つの拍に分けるという振り方です(下図参照)。
先入の練習ではその表情のやわらかいものから硬いものまで4段階に分けて区別しています。
♪A先入
しゃくいと同じ持ち方、構えで振ります。「1、ト」の「ト」のところで次の拍のスタートの位置に腕が静止しているようにします。静止するときには静かに止まること。また、先入は常に初速が一番大きく、加速はしません。減速していくだけです。静止のとき軽くスナッピングをします。棒の先だけが反動で止まるような動きに見えます。
♪B先入
これはA先入と基本的に同じです。ただし、静止時のスナッピングが指だけでなく肘からの動きになります。よって止まるときの反動で動く距離が長くなります。先入の表情はこの「先入時の反動の深さ」に比例します。
♪C先入
右側の腰の位置に腕を置きます。左側へ向かって急発進して左側の腰の位置に腕を置きます。(予備運動)今度は同じ事を右へ向かって行います。(これが第一拍目)軽いスナッピングを伴います。
♪D先入
身体の軸を中心に腰から上をねじるようにして、左後方と右後方にロケットを打ち出すかのように腕を出します。そして、また元の位置に「ト」のタイミングで戻ります。しっかりとしたスナッピングを伴います。
③跳ね上げ
紙風船を上げるような減速のみの運動です。点前運動がないとも言えます。先入と違って、元の場所に戻ってくるとき、さながらスローモーションのようにゆっくりと腕が降りてきます。ゆっくりと降りてきたと思ったら、いきなり最大の速度で次の動きに入ることが重要です。軽妙な印象を与えます。
④引掛け
運動は跳ね上げと同じですが、ごく僅かな点前の予備運動をつけて音を引き出します。
9.終止法
文字通り「曲の最後」の終わり方を載せておきます。これもいくつかに分けて見てみましょう。曲の最後、というと時々ものすごいモーションをする指揮者がいますがここではあくまで基本的なものだけ紹介します。
①叩き止め
これは叩いた打点で終わるものです。反動なし。ストン、というような感じです。加速して速度最大のときに一挙に速度0になるので、腹筋とひざを中心とした体全体でその衝撃を受け止めるようにしてください。終わったときの姿勢が基本姿勢になっていることにも留意してください。
②反動叩き止め
叩き止めが硬い表情なのに対して、こちらはやわらかい表現になります。たたいた後の余韻を感じましょう。停止する位置が叩いた打点の10センチ上くらいの感覚でやると良いと思います。打点と止まる位置の距離が長いほど表現としてはやわらかくなります。反動の動作中は腕の力を抜いてふわっと浮かす感じにしてください。叩いた後に力が入ったままだと、この動作の意図する「余韻」が出ません
③置き止め
文字通りそのまま終わるものです。終わりの点に向かって加速せず、そのまま、あるいは減速して終わります。平均運動からつながる終わり方の際に用います。
④反動置き止め
しゃくい、または平均運動の点後を極めて小さく上げて直ちに止めます。
⑤その他
終止法によって最後の点を出し終わった後、音がフェルマーターなどで伸びていることが良くあります。その際は左手を開いて握れば切りを合図できます。伸びている間の指示は左手を使ってください。手のひらを上に向ければ「響きを保って」とうニュアンスになります。逆に下に向けて手全体を下にゆっくりと下げればディミヌエンドを表すことができます。伸ばしの音の後ですぐ次のテンポに入るような場面も楽曲の中には出てくると思いますが、そのような時は、左手で音を切ると同時に右手を振り上げると(この際の振り上げは必ず次のテンポで振り上げること)、音の切りと次の入りを同時に、そしてスマートに指示できます。右手の振り上げは大きくなく、棒だけでも指示できます。むしろその方が、伸びている音に不用意なクレシェンドを引き起こすことがないし、何よりシンプルに見えます。