村方指揮法教室と齋藤指揮法について過去に書かれたブログのリメイク版です
ブログ
しきほうきょうしつ
目 次
1.指揮法のページを書くにあたって
指揮法、というとなんだかあってないようなもの、に思えるかも知れません。僕も指揮法を習うまではそうでした。齋藤秀雄の〝指揮法教程〟(1)(以降「指揮法教程(旧)」と書く)を読んだこともありましたが全く実感がわかないわけです。(大体漢字が難しい。昔の本だから仕方ないけど。『指揮棒を撓る(しなる)ように・・・』なんて読めます?)だから、良くこのオレンジ色の本を読んで『指揮法を独学でマスターし云々』などと自分の経歴を語る人もいますが、それは嘘だと思うわけです。それは自分がこれまで短い間ではあるけれども、実際に指揮法教程(旧)に則して指導を受けてきて、『指揮法』なるものが読んだだけで分かるようなものではないとつくづく思ったからです。なぜなら指揮は運動であって、またこの運動は当然のことながら音楽と密接に関係しているからです。サッカーのルールは文字で伝えられますが、正確にボールを捕らえてシュートする技術や相手をかわしてドリブルする技術は文字では絶対に伝えられません。同様に指揮も運動である以上は、その運動を分析して文字にしたって分からないのが当然で、サッカーで言うグラウンド、指揮なら実際に音楽がナマで進行している現場でなければ生きた技術は身につかないと思うのです。
さて、では実際『指揮法のレッスン』とはなにをやるのだ?ということをつれづれ書いていくことにしましょう。現在、僕が通っているのは東京池袋近郊のヤマハ音楽教室東長崎センター内で行われている〝村方千之指揮法教室〟です。それまで指揮というものは非常に抽象的な概念であり、よって指揮法についての記述も指揮の運動に関することよりも、楽曲の分析などに多くを割かれていました。これに対して、指揮の純粋な運動を体系化できないかと考えていた齋藤秀雄は当時来日していた世界的名指揮者、ローゼンストックの整った指揮を目の当たりにし、『指揮にもやはり〝メソード〟というものが存在する』ことを確信し、世界ではじめて、運動としての『指揮法』の本格的な研究に乗り出したわけです。
村方先生は、もう何十年も指揮法教室を主宰していました、はっきり言って僕なんかがこの指揮法教室についてかくのも畏れ多いですし、またプロアマ問わず指揮者、トレーナーとして活躍しているような大先輩方もいますので変なことは書けないわけですが、ただひとつ言えるのは、この教室で学べるバトンテクニックには、なぜそうしなければならないか、という理由がはっきり存在していて、さらにその理由の背後には非常に音楽的な裏付けがあるのです。指揮棒の持ち方、さらには指揮棒の選び方まで。
というわけで、これからできれば写真付で、僕が初歩の初歩ではあるけれども、指揮を習い始めてからこれまで学んだことをまとめていければと思っています。
2.指揮棒とその持ち方
まず指揮をするのになくてはならないのが指揮棒です。でも実際には指揮棒を使わなくても充分に指揮はできます。現に僕も最初のうちは指揮棒を効果的に使いこなすことができず、棒なしで指揮をしていました。しかし、本来は指揮棒を持って指揮をすることにより、自分の腕の動きを、より明確にすることができるので、奏者に明確に指揮者の意図を伝えることができるものです。また、指揮を習得しようとする自分自身にとっても、いったい自分がどう振っているのか、どう振ればよいのかについて、自覚しやすくすることができます。指揮棒というものは、確かに正しく使えば持たない時より、より明確に意志を奏者に伝えることができますが、まだ未熟な指揮のテクニックの時には逆に腕の動きが棒に効率よく伝わらず、奏者にとって棒を見るより腕を見た方が良い、などという本末転倒な事になってしまいます。
最終的には〝棒が物を言う〟という状態が理想的ですが、指揮することにまだなれないうちは、棒にこだわらず、奏者と自分にとって一番コミュニケーションをとりやすい形を捜せば良いと思います。ただし、指揮の運動は棒を持つ持たないによって変わるものではないことが原則です。指揮棒を持たないからということで自己流に振ればそれはそれでまた奏者と指揮者とのコミュニケーションを阻害しかねないからです。そして、いずれは棒を使いこなせるようになることこそが、指揮法の学習者の目的、目標なんだと自覚することが大切だと思います。
指揮棒にも色々種類があるのでどれが良いのか分からないかも知れません。レッスンで指定されている指揮棒はムラマツのK15(生地塗)かK17(白塗)です。木製で親指大のコルクがついています。このコルクの部分 (1) は正しい指揮棒の持ち方にかなり影響するため、コルクが真ん丸いもの、やたらと長いもの、またコルク以外のもっと重い材質でできていたりするものは良くないようです。またカーボングラファイトのものは折れた時や人に当たった時に危険なので(怒り狂ったトスカニーニがヴァイオリニストの手を指揮棒で刺してしまった逸話がありましたが・・・)木の方が良いかと思われます。このムラマツの指揮棒はシャフトの部分に軽くテーパーがついていますので、根元付近では程よい太さがあります。これが持ったときの安定感にもつながりますので、信頼できる指揮棒です。ただし、アマチュアの楽団などでアンサンブルを合わせるために指揮棒で譜面台を叩くような場合には不向きです。すぐ折れてしまいますので・・・。
指揮棒は柄の部分 (2) を人差指の第一関節に添えて、上から親指で軽く押さえて図Ⅰのように持ちます。これだけだと不安定なので他の指を軽く添える(握りすぎないように)ようにする。注意すべきは親指、親指に力が入って外側に反ってはいけません。これは弦楽器の弓の持ち方と同じことで、親指に力が入って反った状態になってしまっては指揮棒が自由に動かないからです。親指の腹で持つのでなく、先で持つ、と覚えておいてください。
構えは腕を90度に曲げて肘をお腹にくっつけるようにします。この時、若干肘は内側に入れます(わき腹に軽く触れるような感じです)。そして剣道のように左足と左肩を引くように構えます。指揮は体の右側だけで振るものではないからです。右手で振りながらも、常に正面から見て体の中央で振るようにするためには、身体の右側を突き出すように立つと同時に、脇を閉めて、腕ができるだけ体の中心に来るように内側に入れることが大切です。時折、左足が右足よりも前に出てしまっている指揮者も見かけますが、そういうポーズで美しく振ることはまず不可能です。さらに欲を言えば、重心を若干後ろに引いた左足にかけて背筋を伸ばすのが望ましいです。前のめりになってしまうとフォルテの表現がまったく迫力無きものになってしまうからです。この姿勢、普段日常ではあんまりしないポーズなので最初はちょっと違和感を覚えるはずです。
すると、棒が前腕の骨から親指を通して一直線に伸びるはず。これが腕と棒が直結された良い形です。ためしに他のポーズをしてみたらその差が分かるはずです。例えば棒を斜めに持ってみると・・・腕からオーラが棒の先までいかない。棒と腕との接続部分で止まってしまうと思いませんか?腕と棒が直結し一体となって初めて棒が物をいうことができるのです。この姿勢が自然に取れるように、ガラスや鏡に自分の姿を映して確認してみてください。その際、正面を映すだけでなく、自分の左側に鏡・ガラスが来るようにして映してみて、持ち方や肘の角度をチェックするとよいでしょう。特に肘が鈍角に曲がることの無いようにします。これはこの先の指揮法の練習の上でぜひとも必要な確認作業です。変な癖がつかないように、何か変だなと思ったら、必ず基本に戻って確認することを忘れないようにしているうちに、気にするまでも無くきれいに構える事ができるようになることでしょう。
ここまでは、叩き、しゃくいのときの持ち方で、平均運動では指揮棒を横にして図Ⅱのように持ちます。
3.村松商店訪問記【レッスン後記①】
指揮棒のメーカーといえばピックボーイとムラマツ、後は和田楽器なるものがありますが、大体国内どこの楽器屋さんにいっても置いてあるのは前二者の製品だと思います。ピックボーイはカーボングラファイト製のものが主流で、ムラマツの指揮棒は楓の木からできています。ピックボーイの方が全体的に高めの値段です。でも指揮法をならってみると、カーボングラファイトの細くてしなる指揮棒は使い勝手が悪いようです。自分も実際ムラマツ製のものを使っています。確かに木製ですので耐久性はないのかも知れませんが、でも下手に折れにくいのも時として危険ですしね(指揮者岩城宏之が何かの本で「カーボン製のものは刺さったときそのまま突き通してしまうから危険、木製なら力が掛かれば折れるので大丈夫」などと書いていました)。
さて、このたびはそんな数少ない指揮棒メーカーである村松商店に行ってきました。自分も最初勘違いしていたのですが、フルート製造で有名な村松楽器(株)とは全く違う会社ですのでご注意を。行ってみて驚いたのなんのって、商店の影も形もない。普通にお店の形態をしていると思ったら大間違いで、3階建て倉庫風の建物がその社屋でありました。一階部分はガレージか何かのようでシャッターが閉められていますし、会社の存在が確認できるものは何もありません。玄関脇のポストに消えそうな字で「村松」とあったので思い切ってインターホンを押したところ、人の良い感じのおじさんが出てきました。
おじさんが言うには、ここでは販売をしていないとのこと。完全な卸(おろし)のようです。でもお願いしてオーダーメイドの指揮棒を作ってもらいました。中に入れ、と通された2階の部屋は普通の台所のようなところで、ただしおびただしい数の段ボール箱が置かれていました。その中には様々な種類のコルクや棒がはいっていました。そこに転がっていた手ごろな棒とコルクを選んで、棒を任意の長さにカットし、よさそうなコルクと接合してオリジナルの指揮棒はあっという間に完成しました。オーダーメイドには違いないですけどまったく簡単なものです。
さらに話を聞くと、埼玉県川口市にこの棒だけを作る職人がいるそうです。何本作っても同じ長さの、しかも同じ形の(指揮棒は手元に来るにしたがって太くなっています。つまりその太さの変化具合が同じ)棒を作るには10年は掛かるとか。しかも1本100円というような世界だそうです。こんなところにも職人の技が生きているんですね。
また、近頃大人気の老巨匠ギュンター・ヴァント指揮のCDにプレゼントとしてつけていた指揮棒もその人が作ったものだそうで、それも見せてもらいました。なんでも、ヴァント氏自身が使っている指揮棒は見たことがないが、テレビで見る限りこんな感じだろうってんで作ったらしい。そんなんで良いのか?
というようなわけで、自分に合った指揮棒がほしい!という方は一度いってみると面白いかも知れません。ただ完全な卸ですので、僕が指揮棒を作ってもらったのはかなり特殊な例だと思います。でも電話ファックスでオーダーの注文は受け付けているようなので、ここに連絡先を載せておきます(HPのことを話したら、宣伝しといてくれと言われたので)。
村松商店(指揮棒・ドラムスティック製造・販売)
〒116-0011 東京都荒川区西尾久7-43-13
(都電荒川線荒川車庫駅前すぐ・JR東北本線尾久駅徒歩7分)
tel 03-3893-8826 fax 03-3893-8850
4.指揮の運動の大別
♪間接運動
拍を示す点の前に、その点を予知させるための予備の運動、つまり点前運動があるものを間接運動と呼びます。間接運動には、それぞれに「叩き」「平均運動」「しゃくい」と呼ばれる指揮の運動の基本が入ります。このそれぞれの運動のかもし出す表情を知ることと、また正確にそれぞれの運動を身に付けることが、誰が見ても分かりやすい指揮を振る最も重要なポイントになると思います。
それぞれの運動を組み合わせて・・・たとえば1拍目を叩きで振って、2拍目をしゃくいで・・・というように使い分けるセンスは、何度か実際に曲を振らないとつかめないので、齋藤秀雄の指揮法教程(旧)では課題曲として挙げられた8つの楽曲のすべての拍についてどの運動を用いるべきか解説しています。初心者でこの本をめくったときこの後半の部分は読み飛ばすことがほとんどだと思いますが、この教程の素晴らしいところはその解説と指摘の綿密さにあるといっても過言ではないので、ぜひ楽譜とつき合わせて読んでみてください。
①叩き
物が自然落下して底面にあたり反発してまた元に戻る、とういう動きを腕を用いて自然に表現しようとする運動です。音をどこで出したらよいか、ということを指示する上では最も明快な運動なので、とりあえずテンポどおりに合奏しよう、というだけならばこの運動だけで可能です。ただし間接運動の3つの中では最も難しく奥が深いテクニックです。叩き○年、みたいな言い方がされるほどですが、「理想的な叩き」がどのようなものかを知っているだけでも知らないよりは自分の指揮に対する反省の目がある分上達が早くなるのではないかと思います。
②平均運動
叩きの対極にある運動です。点をはっきりと出さない、しかしゆったりとした加速減速の中に指揮者の意図がはっきりと顕れ出ている。そういった運動です。こちらはコツをつかめば割とすぐサマになる運動です。
③しゃくい
平均運動と叩きの丁度中間に当たります。おそらく一番使用する頻度が高くなる動きです。またそのやりかたによってさまざまなニュアンスを引き出すことができます。先入法の練習にも登場します。
間接運動は「叩き」(硬)←→「しゃくい」←→(軟)「平均運動」という関係です。ですから「叩きに近いしゃくい」や「平均運動に近いしゃくい」ももちろんあります。叩きからしゃくい、しゃくいから平均運動へとスムーズに移行できるようになることが、指揮の表現の幅を広げることにつながります。
♪直接運動
間接運動に対して点前の予備運動を行わずに、点(拍)から直接に運動が起きるものを直接運動と呼びます。3つの間接運動を補完し、楽曲中の一部分の特殊な表現に使うのがこの直接運動です。直接運動は使いすぎると煩瑣(はんさ)な印象を与えるので、どこで使うのかを指揮者が判断して使うことが求められます。直接運動は「瞬間運動」「先入法」「跳ね上げ」「引掛け」の4つが主なものです。