2.指揮棒とその持ち方

 まず指揮をするのになくてはならないのが指揮棒です。でも実際には指揮棒を使わなくても充分に指揮はできます。現に僕も最初のうちは指揮棒を効果的に使いこなすことができず、棒なしで指揮をしていました。しかし、本来は指揮棒を持って指揮をすることにより、自分の腕の動きを、より明確にすることができるので、奏者に明確に指揮者の意図を伝えることができるものです。また、指揮を習得しようとする自分自身にとっても、いったい自分がどう振っているのか、どう振ればよいのかについて、自覚しやすくすることができます。指揮棒というものは、確かに正しく使えば持たない時より、より明確に意志を奏者に伝えることができますが、まだ未熟な指揮のテクニックの時には逆に腕の動きが棒に効率よく伝わらず、奏者にとって棒を見るより腕を見た方が良い、などという本末転倒な事になってしまいます。

 最終的には〝棒が物を言う〟という状態が理想的ですが、指揮することにまだなれないうちは、棒にこだわらず、奏者と自分にとって一番コミュニケーションをとりやすい形を捜せば良いと思います。ただし、指揮の運動は棒を持つ持たないによって変わるものではないことが原則です。指揮棒を持たないからということで自己流に振ればそれはそれでまた奏者と指揮者とのコミュニケーションを阻害しかねないからです。そして、いずれは棒を使いこなせるようになることこそが、指揮法の学習者の目的、目標なんだと自覚することが大切だと思います。

 指揮棒にも色々種類があるのでどれが良いのか分からないかも知れません。レッスンで指定されている指揮棒はムラマツのK15(生地塗)かK17(白塗)です。木製で親指大のコルクがついています。このコルクの部分 (1) は正しい指揮棒の持ち方にかなり影響するため、コルクが真ん丸いもの、やたらと長いもの、またコルク以外のもっと重い材質でできていたりするものは良くないようです。またカーボングラファイトのものは折れた時や人に当たった時に危険なので(怒り狂ったトスカニーニがヴァイオリニストの手を指揮棒で刺してしまった逸話がありましたが・・・)木の方が良いかと思われます。このムラマツの指揮棒はシャフトの部分に軽くテーパーがついていますので、根元付近では程よい太さがあります。これが持ったときの安定感にもつながりますので、信頼できる指揮棒です。ただし、アマチュアの楽団などでアンサンブルを合わせるために指揮棒で譜面台を叩くような場合には不向きです。すぐ折れてしまいますので・・・。

 指揮棒は柄の部分 (2) を人差指の第一関節に添えて、上から親指で軽く押さえて図Ⅰのように持ちます。これだけだと不安定なので他の指を軽く添える(握りすぎないように)ようにする。注意すべきは親指、親指に力が入って外側に反ってはいけませんこれは弦楽器の弓の持ち方と同じことで、親指に力が入って反った状態になってしまっては指揮棒が自由に動かないからです。親指の腹で持つのでなく、先で持つ、と覚えておいてください。

 構えは腕を90度に曲げて肘をお腹にくっつけるようにします。この時、若干肘は内側に入れます(わき腹に軽く触れるような感じです)。そして剣道のように左足と左肩を引くように構えます指揮は体の右側だけで振るものではないからです。右手で振りながらも、常に正面から見て体の中央で振るようにするためには、身体の右側を突き出すように立つと同時に、脇を閉めて、腕ができるだけ体の中心に来るように内側に入れることが大切です。時折、左足が右足よりも前に出てしまっている指揮者も見かけますが、そういうポーズで美しく振ることはまず不可能です。さらに欲を言えば、重心を若干後ろに引いた左足にかけて背筋を伸ばすのが望ましいです。前のめりになってしまうとフォルテの表現がまったく迫力無きものになってしまうからです。この姿勢、普段日常ではあんまりしないポーズなので最初はちょっと違和感を覚えるはずです。

 すると、棒が前腕の骨から親指を通して一直線に伸びるはず。これが腕と棒が直結された良い形です。ためしに他のポーズをしてみたらその差が分かるはずです。例えば棒を斜めに持ってみると・・・腕からオーラが棒の先までいかない。棒と腕との接続部分で止まってしまうと思いませんか?腕と棒が直結し一体となって初めて棒が物をいうことができるのです。この姿勢が自然に取れるように、ガラスや鏡に自分の姿を映して確認してみてください。その際、正面を映すだけでなく、自分の左側に鏡・ガラスが来るようにして映してみて、持ち方や肘の角度をチェックするとよいでしょう。特に肘が鈍角に曲がることの無いようにします。これはこの先の指揮法の練習の上でぜひとも必要な確認作業です。変な癖がつかないように、何か変だなと思ったら、必ず基本に戻って確認することを忘れないようにしているうちに、気にするまでも無くきれいに構える事ができるようになることでしょう。

 ここまでは、叩き、しゃくいのときの持ち方で、平均運動では指揮棒を横にして図Ⅱのように持ちます。

目 次

  1. 「グリップ」と呼びます
  2. 「シャフト」と呼びます