11.合奏運営法(私の経験から・・・)

 指揮と並んで、いやそれ以上に重要なのが合奏のテクニックです。これは、実際に大人数のオーケストラ、吹奏楽、合唱などの前に立ったとき、ある一定の時間、そこにいる人たちを自分のほうにひきつけておくためのもので、プレゼンテーションの技術に近いものがあります。アマチュアの楽団を指揮する上で、その練習に参加した人々がいかにその練習に出て「よかった」と思えるかは死活問題です。練習前と練習後で結果として同じ物が達成されたとしても、そこへ行くまでの過程を有意義なものにするか、あるいは単なる「目的のための手段」にしてしまうかは指揮者のアプローチの問題にかかっています。それだけでなく、奏者が気持ちよく合奏できるような環境をつくることは、合奏の場において指揮者が率先して配慮すべきことだと思います。奏者の側に悪いストレスを与えないための合奏の方法について、あるいはさらにすすんで、充実した合奏の時間を指揮者と奏者が共有できるような、そのための方法について・・・。個人的な経験からではありますが、まとめておきたいと思います。お役に立てれば幸いです。

①指示出しについて

 あまり早口でないほうが良いのは明白なことです。重要な指示(どこからはじめるか、など)ははっきり全体に通る声で。言葉に詰まってしまうのは別にかまいません。奏者はちゃんと待っていてくれます。むしろ、なにか言わなきゃ言わなきゃということで焦るのは逆効果です。何か指示を与えるときには楽団の中に何人かキーパーソンを作っておくと便利ですね。これは特に学生相手の場合ですけれども、ちょっとした冗談が許される人・気軽にいろいろ言い合える人がいれば、彼を名指しで注意しつつ、彼以外の人に注意を促すことができます (1)

それから合奏中に言わないほうが良い言葉。ついつい使ってしまいがちな言葉ですが僕は好みません。

  • 「せーのっ!」(練習番号Dからはじめます・・・といったあとでみんなで音を出すような場合)
    これはなにがいけないかというと、「せー」がいけません。「えー」という音は口の中を狭くして出す母音です。管楽器の奏者は息を十分おなかにいれないとふけません。そのときに「えー」という母音は耳にした感じとして、息を吸うという行動の邪魔になります。アインザッツをあわせて「一斉に音をちょうだい!」っと言うような時、僕は「どーぞっ!」ということにしています。「お」の母音がのどを広げる作用を持っているように思うので (2)。今までやった感じとしてはそれが一番奏者にとって自然にブレスがとれるように感じます。
  • もう一度おねがいします(同じことを繰り返すとき)
    何も言わずにもう一度、というのは徒労感を煽るんでやめましょう。ただし「うーん。僕のイメージとちょっとちがうんだよね。もう一度やってみてくれる?」のように、奏者に「考えさせる」という意図があるのなら良いと思います。とにかく「なにがしたいのか」分からないのに繰り返すのは合奏が迷走する元になるのでこの言葉を使うときは慎重になりましょう。さらに言えば、時々「もう一回だけやりましょう」という人がいますが、そういったらほんとにその一回で終わりにしましょうね(笑)。
  • 次までにやってきてください
    これは言う相手にもよります。アマチュアでは、とても合奏でどうにもならないような技術的な問題を抱えた奏者が少なからずいます。そういった場合にこの言葉を奏者に対して投げかけるのは酷ではないでしょうか?もちろん明らかな怠慢に対しての注意は必要でしょうけれどもね。合奏で個人の技術的な向上ははっきりいってほとんど見込めません。そもそも合奏って、「次回までにやってどうにかなる」ものではなく、その一回で確実に良くできることのために行われるべきで、指揮者の使命とはそういうことに対してどんどん注意を与えて楽団の一体感を高め、音楽の流れを作り出すことであると思うのです。あ、あと「~しておいてください」という物言いが私は指揮者として発言する場合に最も避けるべきことではないかと思います。指揮者は自分の目的のために楽団の頂点に立って君臨しているのではないはずです。共に音楽を作る、という姿勢であれば「~しておいてください」などという他人事のような言い方はできないのではないでしょうか?もちろん全くつかうな、とは言いません。ただ、ちょっとした語尾のなかにもその指揮者のスタンスが出てしまうことを、指揮者は知っておかなければなりません。

②指揮をしないで聴いてみる

 指揮について注意を向けつつ、流れている音楽に耳を澄ますのはやはり慣れとスコアの勉強が必要不可欠です。どちらもなかなかすぐに身につくものではありません。時々指揮をしないで「1と2とどーぞっ」(⇒4拍子のとき僕はこのようにテンポをだして奏者に入ってきてもらいます)と口で言ってそのまま聴いているのもテです。奏者がその音楽をどう感じてひいているのかということ、あるいは技術的な問題でうまくいかないところが浮き彫りになって来るでしょう。たとえばクレッシェンドの頂点が頂点が早すぎる遅すぎる(ディミヌエンドが早すぎる遅すぎる)強拍と弱拍の関係、個々のパート感の音の処理の違い・・・など。自分の指揮に対してどうついてきているかを、指揮のあるとき、ないときで聴き比べるのも良いかも知れません。欲を言えば聴いている間に曲の表情を視線や顔であらわせたら良いかな、と思います。ボーっと前に座っているだけでは奏者は刺激されませんから。

③歌う

 歌う指揮者はたくさんいます。時々CDのなかに指揮者の歌がはいってしまっていることもありますね。歌うのは奏者との距離を縮めるという点で有意義なことだとは思いますが、自分の頭のなかにあるCDがくるくる回転していて、それを聴いているだけ。目の前の音楽を聴いていないということにもなるので注意が必要かと思います。奏者を鼓舞する目的での歌の使用は良いと思います。歌ですが子音を積極的に使ってニュアンスを伝えられたら良いと思います。ただ「ア~」ってうたうのではなく「ザ」「タ」「ダ」あたりの子音をつかうと音色のニュアンスが出ます。自分が管楽器出身ということもありますが、歌うときにもタンギングを気にしています。「ラン」というやわらかいタンギングか「タン」というきついタンギングか・・・。さらに自分の言っていることと歌ったことにギャップがあってはいけません。奏者が混乱してしまいますから。よくいるんですよね。「はっきりください、ララララ・・・ってかんじで」とか言う人が。

目 次

  1. これは要するにボケ役がいると便利だということです。なんだか音程がわるいなあと感じたときに、「おまえ音程おかしくない?ちゃんと合わせてよ」と、別に彼の音程が特別外れていなくてもよいのです。それで周りの人が「ぎくっ」としてくれますので。あるいはこちらからなにか指示を出したあと、その人に向かって「僕が言ったこと分かった?」なんて聞いてみたりする。そうするとボーっと聞いてた周囲の人も注意を持ってくれるでしょう。あ、くれぐれも凹んじゃうような人をターゲットにしないでください。間違えてもみんながあっはっはと笑ってくれるような、そういうキャラじゃないとだめです。昔いた楽団にはそういうボケ役がたくさんいたので本当に助かりました。
  2. 言うまでもなくこの「どーぞっ」のテンポは次のテンポ2拍分で言います。時々この合図のテンポと次のテンポが違う人がいます。これは指揮でも同じなんですが、「予備運動」(予備拍)こそ指揮の命といえるでしょう。予備によって次の音のニュアンス、テンポを予感させるようなオーラを出さないことには、行き当たりばったりの落ち着きの無い音楽になってしまいますから。いつもいつも声で入りを合図するのでなく、時には指揮だけで入らせることも大事です。指揮者に注目する、ということを奏者に持ってもらうためです。またそういった際の予備はできるだけ1拍にしましょう。そうでないと良い意味での緊張感が出ません。