15.課題曲(1)ウェーバー:変奏曲第29番より主題

 課題は今までやってきた基礎的な指揮法の実践の場で、これぞ齋藤指揮法の真骨頂というべきものです。これをやらずして指揮法を学んだとは言えないんじゃないかと思ってしまうほどの完成度。そして指揮の運動だけでなく指揮と音楽の関係性を学ぶ教材であるということがベースになっています。楽曲はすべてソナチネアルバム第1巻からとられています。ここから先、楽譜を片手に読んでいただけると幸いです。

 この曲は平均運動の練習と書かれているように、ほとんどを平均運動で指揮することができます。3拍子の平均運動ですので、図形の配分に気を使うことを忘れずに。1拍目を存分に左に持っていき、2拍目と3拍目は順に軌道を小さくしていきます。メロディーが「ソーミミミミ」と、2拍目3拍目が8分音符で同じ音を繰り返し、2小節目の頭へと向かいたがっていることが読み取れます。そのため2・3拍目がモタモタしていてはいけません。逆に2小節目は1拍目に山があって、2・3拍目はフレーズが収まっていくところですので、自然に軌道が縮小してスピードもやや遅くなるとよいでしょう。また常にオーケストラで言うところの「ヴィオラ」パートが8分音符を刻んでいます。これをちゃんと耳に入れておけばテンポが重くなったり、逆に走ってしまったりすることを防ぐことができます。(村方先生は常にピアノの曲であっても、「これはホルンパートだからね」など、オーケストラを念頭において音楽を捉えています。ピアノという楽器単体に対して指揮をしても、そこからさまざまな音色と表情を引き出せという教えです。ピアノがオーケストラのように鳴る。そして自分の指揮の動きの中にあらゆるパートの動きと音色が納まっている。これが指揮法の究極だということを、レッスンの中で何度思い知らされたことか!)

 1・2小節目を問いかけとすると、3・4小節目はその答えとなります。男性が「良い天気ですね、ちょっとそのあたり一緒にお散歩しませんか?」と。それに対して女性が「ご遠慮します・・・」と。どうやら誘いかけは失敗のようですね。それでも5小節目からもう一度誘います。今度はもっと強く・・・。というのは5小節目の3拍目。Cの音までメロディーが上昇していること、そして〝poco cresc.〟と書いてあることからも覗い知れます。でもやっぱり駄目だったようで・・・。楽譜にはpが書いてあります。7小節目の3拍目。3小節目とは違って付点のリズムになっていることにもご注意を。なんだか真剣に誘ってくる様子に、「くすっ」と思わず笑いが出てしまったような感じ。ここを指揮するときはこの付点をちゃんと耳に入れて振ってくださいね。さあ、この「くすっ」としたのを確認した彼は「3度目の正直」とばかりにもう一度誘います。そしたら見事、11小節目。控えめながら(pですから)「じゃあご一緒しようかしら」とOKを取り付けます。

 次からの部分。二人の散策がはじまりますが、木陰から日向へと、部屋の中から庭園へとでていくところ。mfですから図形も大きくなり、それぞれ1拍目をしゃくいます。15小節目は何も書いていませんが気持ち〝cresc.〟して16小節目のフェルマータに落ち着いてたたき止めで入ります。ただし15小節目3拍目でリタルダンドはしないほうが良いでしょう。フェルマータは指揮法教程にも書かれているように「ゆっくり3つ数えるくらい」が適当でしょう。17小節目からは日差しの中にでてきたような開放感を表現したいところです。fということもあります。しっかり1拍目を左前方に向かってしゃくいましょう。18小節目は2拍目ちょっと図形の大きさをセーブして、3拍目を大きく次の19小節目、fの1拍目へのつながりを意識して。

 20小節目からがこの曲の難所。2拍目の2分音符を「ガーン」としっかり出したいので1拍目をポンとたたいたら瞬間運動で左へパッとスライド。左から中心に向かって叩いて停止 (1)。3拍目の頭で棒を立てる (2)。21小節目の1拍目は、これも前の小節からのタイで伸びているだけのところなので小さくしゃくった感じで良いと思います (3)。2拍目でやっと動き始めます。中華なべの底みたいな形を左から右へゆっくり描く。あまりモーションが速すぎるとリタルダンドができなくなりますので注意。3拍目はB分割です。右から中心に向かって「3、ト」としゃくったら「ト」の点後を頭上位置に持って行き、まっすぐに下ろして基本位置で止めたら、それが22小節目のフェルマータの音符の出になります(このフェルマータは十分に長く。余韻が残ると良いですね)。

 さてちょっと短いけれど、なかなか楽しい時間をすごせたようですね。23小節目から再び冒頭と同じメロディが戻ってきてまた会話がはじまります。「今日はありがとうございました」「こちらこそ」云々。振り方は前半と同じですが、ちょっと気分の違いを意識してみましょう。終わりから2小節前ppの指示があります。それと同時に指示はないけれども自然に2・3拍目。スピードが落ちると最後の小節のsmorz.の感じが演出しやすいと思います。最後の小節は2拍目をB分割の上(左手の奏でる8分音符をきちんと聴くこと)、3拍目は頭上に持ってこないで、自然に右から基本位置の場所に静かに置き、左手で静かに音を切って終わりにします。

 いかがだったでしょうか。課題曲は指揮法教程に振り方が事細かに記されていますから、それに従えば良いのですが、それをただ虫眼鏡のように追いかけていたのでは、肝心の音楽からどんどん遠ざかっていきます。音楽あっての指揮法であるということを忘れないように。マクロな視点とミクロな視点のバランスをとりながら取り組むことが何よりだと思います。

目 次

  1. 停止している間は棒がまっすぐ前を向いていること
  2. こうして音に動きがなく、ただ伸びているだけの時に小さく簡潔な動きで拍を示すことを「数取り」と呼ぶ
  3. 前の拍で立てた棒をゆっくりとまっすぐに戻しながら左へともって行く